第一次産業と原子力発電は共存できない。「次の世代には残せんな」と思っています。

補足-殿山ダム建設にいたる経緯
「殿山発電所ダム建設計画」は昭和20年代、電力需要の急増による度々の停電や朝鮮戦争特需による電力使用制限令の公布、そして電源開発促進法の公布などにともなう「国内そして和歌山県の電力供給と経済発展」の為に進められました。ダム建設には家屋・田畑の水没や失業問題等があり村内が大きく揺れました。反対運動も大きく盛り上がり、ダムの建設計画は行き詰まりました。
その時、当時の小野真次知事が三川村村民大会で「村に電灯がつき、道路も良くなり、村が発展する」「ダム建設は県や国の発展に繋がるので知事が責任を取るのでダムを造らせて欲しい」と説得。「県が責任を取るならば」と全員がダム建設に踏み切ったのです。

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